悠久のエジプト(EGYPT)8日間の旅(3)

ハトシェプスト女王葬祭殿の風景。断崖の下に立つハトシェプスト女王(在位BC1479-1458)の3段のテラスを持つ葬祭殿は、最高峰の建築とされている。断崖背後には女王も眠る「王家の谷」。

Ⅱ ルクソールの西岸地域 (ネクロポリス 死者の町)

 ナイル川は全長6700kmで世界最長である。エジプト文明は、ナイル川の増水、エジプトの大地の地形が生み出した自然の賜であるといわれる。古代エジプト人は、ナイルの水を飲み、同じ生活と習慣を持つ者を仲間としている。

ナイル川は2つに分けられる。1つはデルタの「要(かなめ)」古代都市メンフィスを境に上エジプトと下エジプト。国土の9割は沙漠で、デルタ地方、西部のオアシスを除けば、人間に生活できるのはナイル川両岸の緑地帯だけ。ナイル川がエジプト文明の源であることは誰でも知っている。毎年起こる増水がエジプト文明成立の大きな原動力になった。でも、どうしてエジプトだけに壮大な文明が生まれたのだろう。エジプトに世界最初の強力な統一国家が建設されたのは、ナイル川という一本の川筋に文明が発生したためだと考えられている。

ナイルの水運は、その増水を利用してピラミッドや神殿の建設に用いた膨大な石材を効率的に運搬することが出来た。エジプト文明はナイル川とその増水、そして砂漠というバリァーが「外敵の侵入を防いだ」という、「エジプトの大地と地形」が生み出した自然の賜であった。

東に昇り、西に沈む太陽。毎日変わることなく繰り返されるこの太陽の営みを、古代エジプト人は「永遠の秩序」と捉えた。

太陽神は、日が西の空に沈むと同時に死を迎え、地下にある冥界と暗黒を旅した。それ故、王が無事に冥界を通り、東の空に太陽神として復活することを祈った。

古代エジプト人は、太陽神ラーに同行し、毎日天空と地下を船で巡る来世を思い浮かべた。ナイル川両岸に拡がる緑地帯を生者の住む世界と考え、一方、それを挟む砂漠地帯を「死者の世界」ネクロポリスと呼んだ。

古代エジプトのネクロポリスは3つ。サッカラ、ビザ、テーベ(ルクソール)西岸である。古代エジプト人は、死後復活し、来世で生活する家が必要であり、それが墓であった。 ネクロポリスは、彼らの宗教観が作り出した来世の住宅密集地であるという。

ルクソール西岸の死者の町は、王家の谷、貴族の墓、王妃と谷・・・ である。先ずは、メムノン巨像、ハトシェプスト女王葬祭殿、王家の墓、ツタンカーメン王墓と見ていこう。

1 メムノン巨像

広大な平野にとり残された2体の巨像は、毎朝、亀裂によるキシミ音を立てた。これは、アメンホテプ3世葬祭殿の入口を飾るH20mのご本人の像である。その声は、ギリシャ神話の英雄メムノン(アキレスに殺される)の嘆く声とされた。今回、足もとに立ち見上げると、泣き声は、巨像の組み立てられた岩の割れ目を吹き抜ける風が共鳴して発生したものだろう。それにしても、背後にあるべき巨大な塔門や列柱群は、後のファラオの神殿造りの石材再利用のため取り壊され、運び去られたという。アメンホテプ3世の残された巨大な褐色2像は、時の流れ、人の世の「無常」さを強烈に思い知らしてくれる。

2  ハトシェプスト女王葬祭殿

王家の谷の東側にある断崖に削り出された巨大な建造物は、女王であるファラオの葬祭殿(王の死後、来世の復活を願う人が集い、供物を献げるための場所 )である。ファラオは、本来男性王でなければならない。そのため、この女王は、髭を付け、男装をして民に君臨していた。

3段のテラスを結ぶ傾斜路は、背後の断崖絶壁が葬祭殿と直接接するように設計されている。切り立った断崖と一体化した壮大な葬祭殿は、神殿建築の最高峰と評されている。

3 王家の墓 ツタンカーメン王墓 他

ファラオたちの墓の集まる「王家の谷」は、古代最大のネクロポリスとして知られている。王墓は全て62基。その62番目に発見されたのがツタンカーメン王墓である。

19歳の若さで死んだツタンカーメン王(在位BC1333-1323)は、古くは毒殺など言われていたが、現代の科学(CT,DNA)では先天的な脚の疾患やマラリヤがあったことが発見され、病死の可能性が高いという。ミイラは3重の人型棺、4重の木製厨子に覆われ石棺の中に収められていた。

新王国時代は、既にピラミッドを建てようとする習慣はなくなっていた。しかし、ピラミッドは王の象徴であるとの考があった。谷の入口が狭く、警護しやすいことから、切り立った断崖に、岩窟墓を作るようになる。しかし、ピラミッドの盗掘と同様に、殆どの王墓は墓泥棒によって荒らされた。無傷で発見されたのは、ツタンカーメン王墓のみと言われている。無名で夭折の「ツタンカーメン王」の狭い墓の副葬品は5,000点にも及ぶ。 主な副葬品は、本人像、玉座、2輪戦車、寝台、弓、衣服、扇、胸飾りなど宝飾品、手袋、サンダル、枕、ベッド、ゲーム機、杖、楽器、ワイン、肉・・・など。

これらは、エジプト考古学博物館(後に紹介)に収納され、一般公開されている。

幸運なことに、自分で作った王墓の中で永遠の眠りについているのは、ツタンカーメン王ただ1人である。という。

では、また!!

参考図書

  古代エジプト なるほど辞典    吉村作治 監修 実業之日本社   2001

     古代エジプトを知る辞典   吉村作治 監修    東京堂出版  2005

     ゼロからわかる古代エジプト  近藤二郎 Gakkenn 2013

     古代エジプト解剖図鑑  近藤二郎 株式会社エクスナレッジ 2020