つれづれなるままに!!

国際情勢、国内政治、何処を見ても何とも収まりの悪いこの閏二月、兼好法師をまねて、 つれづれなるままに、ひぐらし机に向かひて、手許なる書を眺めいると、何ともなく物狂ほしくなり・・・ そんな気持ちを、83歳の如月のある日の想いにとしたためた。

1、この冬は、年の暮れから雪が少なく、喜んでいたが、お正月になるとドカ雪が続き、1/10には例年を積雪深を超え、中旬(1/16)には90cmと例年の約2倍となった。     降雪量は例年より少ないのに。しばらく、そんな状況が続いたが、2月の中旬(2/13)には最高気温が10℃を超え、55年ぶりの季節はずれの暖気が訪れ、雪は融けだし、2/20には60cmと2/3に減った。

そんな中(2/7~14)パートナーシップの除排雪が行われ、街中から雪が消えた。しかし、その後の連日の降雪で団地内には雪の山が出来、再びの暖気でそれもあわただしく融け、また次の寒波と降雪に右往左往している、そんなこの頃である。

2,昨年あたりから、ものを飲み込む力がとみに弱まり、食事中やお茶を飲む時、むせて咳き込むことが多くなった。物の本によると、加齢による嚥下力の低下で、肋骨周りの「筋トレ」と肺炎防止のため「ワクチン接種」が有効という。すると5年ほど前、一度何かワクチン接種をしたことを想い出した。そこで、そのクリニックに問い合わせると、確かにその経歴があり、既に5年を経過しているので、いつでも接種致しますという。そこで、1/23  家の近くにある停留所から病院専用の巡回バスに乗って、早速、接種に出かけた。1時間程で診療、処置は済み、帰りは歩いて30分ほどで自宅に戻った。左腕は、その夜は少し痛み、静かにして早く床についた。翌日夜は痛みが少し増したが以後は何ともなくなった。筋トレの方は、面倒なので休みがちな日々である。

3、ドカ雪の続く(2/12)朝、晴れ上がり、久々に野幌森林公園に出かけることを思いたった。ついでに、足を伸ばし「開拓の村」を訪れ、明治開拓期の冬の生活を体験することした。

森林公園には、葉の落ちたシナやナラ、センの大木が、雪や寒さをモノともせずにスックと立っていた。久々にどっしりとした森林を見て、妙に気持ちが落ち着いた。

雪一面の開拓の村には、馬橇が夏の馬鉄の替わりに走っており、駅逓や鉄工所、商家、歯科医など民家は純白な深い雪に埋もれ、それらが細い道で繋がり、北国の冬のムードを醸し出していた。なんだか、懐かしさがこみ上げてきた。裸電球と隙間のある板戸やガラス1枚の窓は、当時の冬の厳しさを伝えており、現在の物質的豊かさ、ありがたさが身にしみて感じられた。

4、昨年暮れ(12/27) 我が団地自治会の次期役員の選考委員会が開催され、その委員長に任命され、以後、新会長、副会長、会計監査の3役の人選に東奔西走している毎日である。  会長、副会長は数の上ではなんとか確保できたが、現在2名の女性役員が、今回の候補内ではゼロであり、この女性副会長候補の選考で難航している。最近は、女性も男性も70歳近くまで仕事を持つため、若い世代はおろか中・高年からの役員の選考も極めて難しく、まだまだ選考は続く。

5,私は、シカによる森林被害を無くそうと、我が国では明治中期に撲滅されたオオカミを再び山野に導入するのに必要な調査・研究をしている。そのオオカミに会いたくなって、2/21 今年初めて札幌の円山動物園を訪れた。

コロナ禍が下火になったのか、動物園には台湾からの若い旅行者が溢れ、中国語が飛び交っている。また、目当てのオオカミは、前回の秋より一回り大きくなって、狭い囲いの中の雪山を駆け回っている。走り回っているメスの「カエデ」は、このオオカミ舎に展示されているオオカミ(剝製)とそっくりでその子孫であろう。一方、私の研究論文の方は、前半部が「森林技術」1月号に掲載となった(1/10)が、後半部は間をおいて、6月号に掲載予定となったので、今はのんびりと日を送っている。

6、2月は私にとっては縁の深い月である。

北1条教会の納骨堂にて(2/24)

2月は、妻の誕生日と息子の6回忌の月である。

命日の前日(6/24)には、近所で花を求め、娘が「生け花」を作り、教会の霊前に飾り、在りし日を息子をしのんだ。帰宅して、息子のひくアコーデオンのCDを久々にしんみりと聞き、長生きしている自分を喜ぶべきか、悲しむべきか・・・など、ぼんやりと思っていた。

まだまだ寒い日が続きます。皆さまもお体に気を付けられ、お過ごしください。

ではまた!