ヒグマ考(2)

動物園の檻の中でのヒグマ(2025.6)14歳オス380kg(2025.6.10)

今回は、ヒグマがどのように札幌の町の中心部に出てきたか、4年前の事例をもとに読み説き、また、農山村において、どんな農業被害を及ぼしてきたか、更には、ヒグマと人の遭遇による人身事故の過去の統計資料、現在の活動ごとの被害の発生についてみます。

2 最近のヒグマの動向

1)札幌市の動向

図-4 札幌市のヒグマの出没状況(市のHPより作成 )

① 市街地への出没状況

最近のヒグマの札幌市街地への出没件数は、図-4のとおりである。13年間の平均は131件で、最多は2023年の235件である。

図-5は、最近話題となったヒグマの市街地内出没地点を航空写真上に表示したもである。

図-5最近のヒグマの出没地 山地に繋がる南西部が多い。

自宅の最も近く(東区N19E16)に出没し、4人に怪我を負わせ、その日の内に近くの丘珠空港周辺で駆除されたヒグマ出没例は記憶に生々しい。これは、2021.6.18 早朝の出来事である。ヒトが危害を受けた場所は、札幌の中心から北東に約2.7kmの地点で、自宅から西南に約800mである。

下図は、その際の侵入地点の現在の状況である。市街地北部にはこの様な河川や水路、排水溝が伏古川に次いで豊平川、石狩川に合流し、最終的には海に向かって流下している。これを伝わって市街地中心部まで侵入したのであろう。

2021.6.18 その日のヒグマの足取りと被害位置そして駆除された場所。

当時の記録によると、6/18 am5.55 ゴミ出しに出ている男性が、ゴミステーションから自宅に戻る路上で襲われた。その20分後、ごみを出して自宅に戻る女性がクマと遭遇し、追いかけられ、うつぶせに倒され、背中から腰にかけて引っかかれたが軽傷であった。3人目は、7:18 通勤中の男性が、ショルダーバッグを掛けて1人で歩いている時、背後から襲われ、前のめりに倒された後、背中をかみつかれ、クマは走り去った。一度姿を消したクマは戻って再び男性を襲い、肋骨骨折の重傷を負わせた。これは、早朝からパトカーが巡回し、住民に注意を呼びかけている時の出来事である。

4番目の例は、7:58 陸上自衛隊丘珠駐屯地で男性自衛官が襲われた。走って近づくクマの侵入を防ごうと正面の扉を閉めたところ、クマは扉をこじ開け、自衛官を押し倒し、駐屯地内に侵入し、隣接する丘珠空港を抜け、近くの茂みに逃げ込んだ。

② アーバンベアーの最後

男女4人を襲ったヒグマは、18日 正午前、最初の目撃から8時間後に丘珠空港付近で猟銃により駆除された(体重160kg、4歳、オス)。

その地に生息せず一時的に都市部に出没するクマをアーバンベァと呼ぶ。

都心から4kmの高速道路付近まで何本もの水路が伏籠川の支流として延びている。

先のヒグマの市街地中心部への侵入ルートについて、ヒグマ研究家で知人のクマ博士間野勉氏は、東区は平野で山はない。約60kmも北の増毛山地に住む個体が、当別町を通り抜け、石狩川を渡り、茨戸川を遡り、その支流伏籠川を更に上り、途中これに注ぐ水路に入りそれを上り詰め、札樽道の高架線地点で水路が、覆土により地下水路(暗渠)となっている地点で地上に上がる。そこで早朝の通行人と遭遇し、ヒグマがパニック状態になり人を襲ったが、人を食べる意図はなかった、とみる。

今回、短時間で駆除できたのは ①クマが銃で駆除しやすい市街地外に移動したこと、②目視できる昼間であったこと、③負傷者発生を受け、道警が素早く発砲を指示したこと、によるという。ヒグマの出没は、特別な個体の異常な出来事であるという。

これは、ヘヤー・トラップによるDNA鑑定で判明したことで、同一個体の出没が何度も目撃され、この個体が駆除されるとクマの出没が止まることから明らかである。しかし、都市部に進出したクマは、逃げ帰れなければ必ず殺害される運命にある。

2)北海道の動向

図-7 5年ごとの年平均捕獲数

(1)捕獲数について

昭和36年以降の北海道におけるヒグマの捕獲数は図-7のとおりである、横軸の表示年度を中心に、縦軸に5年間の平均捕獲数を示す。古い統計によると、戦後S20~S39年度の20年間の総捕獲数は9,741頭で、年平均約490頭である。なお、 S30(28~32) 年度は522頭/年で、S35年度は483頭/年である。この事から、昭和50年頃までは年間500頭前後で推移してきたが、その後減少に転じ、平成2年には約半分の250頭となり、その後再び増加し、R2年度800頭/年を越え、

R5(単)年度は狩猟120頭、許可捕獲他1,684頭、合計1,804と異常に多い捕獲数となっている。

過去の最大捕獲数は、1880年代の1100頭である。

何故この様な変化が生じたのだろう。

十勝岳の噴火(1962)による1960年代のヒグマ被害の拡大に対し、道は「春ぐま駆除」を導入した。これは、冬眠中の巣穴や目覚め直後に穴から出るのを猟師が銃で捕殺する方法である。この春ぐま駆除により、日本海側の多雪地帯で繁殖メスと子ぐまの捕獲圧が高まり、ヒグマの個体数の減少に大きく繋がり、開始から春グマ駆除禁止の1990年の30年間に全道の生息数も3,000頭から2,000頭に減少した。ヒグマの生息数はその後増加に転じた。

これは自然保護運動の高まりによるもので、ハンターの高齢化、ハンター数の減少などの捕獲圧低下が重なり、現在の高い生息数 12,200頭になったと想定される。しかし、そのため独り立ちした若い個体が、都市開発や営農規模の拡大、作物種類の変化などにより人里に出没するようになり、事業としての、有害駆除として多くが捕殺されるに至った。しかし、このままでは再び絶滅のおそれがある、といえる。

図-8 家畜の被害頭数と農業被害額の推移

(2)農業被害について

農業被害の内、家畜の被害を殺傷頭数でみると 1900年度以降の戦前期は統計に欠ける部分もあるが、馬が最も多く約270頭/年、次いで牛(40)、羊(1以下)となっている。

戦後の被害では、S50年頃までは羊(378頭/年)が多く、次いで牛(84)、馬(64)である。しかし、S50以降は急撃に被害頭数が減少し、H10年度以降は牛、羊、馬とも年10頭以下となっている(図-8)

一方、農業被害額は年々増加し、令和にはいると2億円を超え、R5(単)年度は最多の3億3千万円となっている。最も被害額が多いのはデントコーンであり、次いでビートである。

家畜被害頭数の減少は、電気牧柵や営農環境の整備など管理技術の向上によるものと思われる。一方、農業被害額の恒常的な増加は、ヒグマの好むトウモロコシやビート、スイカ、メロン、リンゴ、イチゴなどの増加、また、営農規模の拡大、収穫後の作物の管理不足(放置)等が主な要因である。加えて、気候変動に伴うヒグマ生息域の森林の堅果類ドングリやクルミの豊凶による変化、さらには、エゾシカの急増による草食物の競合など複雑な要因により、ヒグマが農地に餌を求める様になった結果だと推測される。

(3)人身事故について

図-9 人身事故の推移

ヒグマによる死亡、傷害など人身被害についてみると、1900年以降から戦前期の30年間(統計に欠落有り)では、年平均で死亡3.6人、傷害7.6人、合計11.2人となっている。

戦後からS50年頃までは年死亡2人、傷害1名以下で推移していたが、S55~H10年頃は合計2名以下と減少している(図-9)。しかし、H10年頃から再び増加し始め、R2年度は合計5名となっている。最近ではR3(単)年度が最多で死亡4名、負傷10名、合計14名と戦前同様に高い被害である。死亡は、狩猟、ハイキング、山菜採り、農作業の各1人である。傷害は、クマ駆除関連3名、農林作業中3名、前掲の札幌東区での出没関連の一般市民4名である。

活動別データから見ると、S37(1962)年からR6(2024)年3月末の間に177人がヒグマの被害を受けている。最も多いのが、ヒグマの狩猟や許可捕獲の際に逆襲にあったもので、次いで山菜採りやキノコ狩りの際の発生である。

私の記憶に残る古い事件は、1970年7月、日高山系での福岡大学ワンダーフォーゲル部5名のヒグマ事故である。山中のテントで奪われたリュックを取り戻そうとして襲撃され、3人の学生が死亡した痛ましい事件である。ヒグマからものを取り戻そうというのは、自殺行為である。

(4)生息数について

北海道では古くS10年代より、北大の故犬飼先生の推定した3,000頭が唱えられていた。 この根拠は、毎年捕獲されるものが500頭、自然死するものが250頭、それに等しい750頭が生まれる。全個体数に占める繁殖個体数の割合を50%し、1腹産子数を2頭、メスの繁殖周期を2年と仮定し、毎年750頭の補充に必要な個体数として3,000頭という計算である。この考えが昭和40年代にも維持されており、その後、S59年に「ヒグマの生息域と生息数」が検討され、これまでの生息数よりも1,000頭少ない2,000(1,880~2,285)頭と推定された(門崎、犬飼)。最近の統計資料では、2015年12月10600±6700頭(道発表)である。1990年時点での5,800±2300頭に比べると25年間で1.8倍(年3.2%増)になっており、増加傾向にある。

最新のヒグマ推定生息数は、R4(2022)年に12,200(90%信頼幅で 6,300~21,300)頭と推定され、やはり増加傾向にある。2015~2022年の7年間には15%(年2.1%)増加している。

生息数から生息密度を算定すると、北海道は0.156頭/kmとなり、世界の他のヒグマ生息地域に比べ極めて高い密度である。

右図は、北海道本島のヒグマの生息密度と、増田氏の算定したヨーロッパヒグマの生息密度の高い地域の2集団、及びアジア東部のサハリン、沿海地方の生息密度を示したものである。

ヨーロッパ地域の約10倍、極東地域の5倍以上の高い密度である。

増田氏によると、この様に狭い島である北海道に1万頭ものヒグマが生息できるのは、豊富な餌資源と低い狩猟圧に帰因する。北海道を訪れたヒグマ研究者は、北海道におけるヒグマの高い生息密度に驚かれるという。

今回は、ここまでとします。

ではまた!!

参考図書 ヒグマ学入門。 人は街で、ヒグマは森で(札幌市広報)。

     ヒグマは見ている(内山岳志 北海道新聞社)。

     アーバン・ベアー(佐藤喜和 東京大学出版社)。