ヒグマ考(10)

札幌市のヒグマ基本計画(2023)

「共生の森」づくり(2)

 前回は「共生の森つくり」について、ヒグマの食べ物(主に木の実)について述べました。今回は、ヒグマにとって安全な「住環境」について述べます。

1 安全な住環境

ヒグマの生息域は主に森林である。この森林を中心に、高山の草原や山麓の河川沿の湿原、湖沼、海岸沿線等が行動圏となる。

ヒグマはこれまで見てきたように、群れを作らない単独生活者である。しかし、採食、交尾、育児、冬眠など生活上の重要な場所は当然存在し、それを守るために闘争もする。

特に、成獣オスは、交尾期には同僚オスを排斥するため直接攻撃する他、大木の幹に背中の擦りつけ(背擦行動)を行い、大きさを誇示するマーキングをする。一見、これらは縄張りと見なせるが、そのエリアは相互に重複するという。

また、子連れのメスは、約2年間、育児のための採食エリアを確保し、オスの侵入を始めあらゆる外敵の侵入を排斥する。しかし、これらはお互いに重複するという。

以上見るように、これらは縄張りといえようが、一時的であり、お互いに重複するゆえ、一般には、ヒグマは「縄張りを持たない」とし、これらは、行動圏といわれる。オスの行動圏には、複数のメスの行動圏が重なる。

ヒグマの餌については、前回述べたように、樹木では木の芽、果実を、林床では多くの草本類、川沿いの湿地では、ミズバショウやザゼンソウのようなサトイモ科やユリ科セリ科の茎や葉、更には根系にまでおよぶ。この様に幅広い植物食である。更には昆虫の幼虫やハチ、アリ、川魚やサワガニなど、森林そのものが餌場であり、生活全体の場である。即ち、森林生態系そのものがヒグマの生息場所である。

それ故、ヒグマとの「共生の森」といった場合、ヒグマをその生態系の頂点に位置する構成員として森林に含め、一括して扱う。すなわち、共生の森を、樹種構成などの林相、広がりとしての面積、その形状などを主体とし、分割することなく、一纏まりとして考える。

まずは、生息地の質として「住環境」について、次に「安全性」について、共生の森が備えるべき条件を考えてみる。

ゾーニング管理の解説(札幌市広報)

住環境については、森林の質として林相、林床植生を、森林の広がりとしての面積、地形、形態などをとりあげる。

(1)森林の質について

60頭ものヒグマを仕留めたアイヌの狩人、姉崎等氏によると、”針葉樹ばっかりの所には、クマは居ない。山野で好む植生を考慮に入れなければクマの生息は語れない”という。

今は、自然林というクマの好む山が殆ど無い。山の木が伐られ、針葉樹ばかりが植林される。針葉樹の下は日陰になるから、元の植物が全部死んでしまう。それにヘリで農薬を撒く。サワガニやザリガニ、昆虫や小動物も居なくなった、という。

彼の狩猟の場であった千歳地方には、せいぜい3頭しかクマは居ないという。

これは1990年頃の話で、千歳地方というのは、恵庭、千歳、苫小牧市を含み、面積では、樽前山麓の道央道以西の約 20km×40km 四方のエリアの森林地帯と思われる。これは、面積で約800km2 に及び、全て成獣として、1頭当たり約270km  となる。

生息密度は、3/800 =0.004頭/km   となる。

北海道全体では 0.156頭/km、エリアが重複するため密度が高くなっている。

知床の天然林では、山中正実さんによると行動圏は、メス10~20km、オス200~450km2 である。千歳地方の約300km はこれに近似する。

ヒグマとの「共生の森つくり」の面積を考えるとき、ある孤立した山を想定し、その山頂を中心に半径10km(約300km)を保護区(約オス1頭分の行動圏)に想定した場合、その円に含まれる自然林には広葉樹林、針葉樹林など多様な森林、そして人工林においても生育段階の異なる複雑な林齢、樹種などの混交林が望ましい。また、山麓、中腹、山頂部と標高による植生、気象、四季の変化などに伴い、多様な食(芽、葉、実)の変化も必要となる。

森林の形態については、細切れでなく大きな塊としての纏まり、さらには、種の多様性など遺伝子源の多様性から回廊(コリドー)となる移動用の森林も必要となろう。

面積と孤立性から判断される森林の良い生息地と悪い生息地(加藤和弘氏より引用)

(2)安全性について

この地をヒグマ保護区(サンクチャリー)とするには、コアとなる保護区や緩衝地帯などの設置、および、これらの国家による保護・管理が必要となる。

コア部分では、ヒグマの頭数、生息地が絶対的に保護され、コアの周辺部分(緩衝地帯)では、保護対象となるヒグマが利用することが重要であり、さらに、この地を訪れる人への情報提供など教育的取り組みが必要である。

拡大造林を逃れた天然広葉樹林 針葉樹、広葉樹の大径木が混在する。(山梨の自家山林でシカの生息地)

規制としては、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律」に基づく、特別鳥獣保護地区としての鳥獣の捕獲、木竹の伐採、工作物の設置、水面の埋め立て、更には、植物の採取、火入れ・たき火、車両の乗り入れ、無線機の使用、撮影などの禁止の外に、許可無く「人の立ち入り」すなわち、「登山やスキー、山菜採り」などあらゆるリクレーション更には、「他の動物や餌などの導入」も規制の対象となる。

若いヒグマは身軽に木に登るという。真野勉氏「ヒグマを知ろう」より引用。

要は、「人とヒグマの接触」を完全に断ち切ることになる。

すなわち、ヒグマに何らかの危害や環境改変、例えば、薬剤散布など流出入する河川の水質管理、騒音など全てが規制の対象となり、ヒグマが人からの干渉の排除や生息環境の保全が求められる。

こうして、安心したヒグマは、ゆっくり、のんびり「共生の森」という生息地で暮らす。これが望ましい姿でないかと考えます。

参考のためUSAの絶滅危機種法(ESD)、について紹介する。

これによると、保護の対象となる、種、種群(グループ)及びその生息地を、公平、客観的な科学的なデータ以外(関係者の財産権その他の事情、金銭等)により排除、生存を危うくすることの無いよう、また、重要な生息地の破壊や改変にならないよう保障が義務づけられている。 危害を加えるとは、故意または過失によって、傷害または死に至らしめる行為で、繁殖、食餌、避難など基本的なパターンを混乱させるような行為、環境の改変、悪化などを含むという。これは、動物側から見た視点である。

さらに、国の事業が上記法(ESD)に反する場合には、事前に国(魚類野生動物局FWS)による「環境アセスメント」が必要になる。

しかし、我が国では、これらは法律で決め得ても(ヒグマは守るかも知れないが)人は守らない、人には守れないと思う。特に近年は、自己主張が強く、謙虚さと道徳の欠如などから、極めて困難であろう。ライフ・スタイルの変更は、容易ではない。

これは、人が、従来からの生活方式を、改めなければならない 大問題であるから。

いかがでしょうか。これで「ヒグマ考」は終わりとします。

お付き合いありがとうございました。

以上です。ではまた!