追伸 ヒグマ考(7)

円山動物園内のヒグマ。14歳オス230kg(2025.6.10)

本稿終了後(2025年7-8月)、道内で2件のヒグマによる人襲撃事件が発生し、2名が死亡した。 ヒグマ対策の推進中に人身事故が発生する背景には、既述の様に人間側の対応に問題があると言える。だが、目標とする「人とヒグマの共存」を達成するには、私案「ヒグマ基本計画」励行にあると考える。

 私案「ヒグマ基本計画」

1「ヒグマ基本計画」の骨子

「ヒグマ基本計画」の目標は、「人とヒグマの共存」である。その骨子は

 生息域の明確な保証とゾーニングの徹底

○ ヒグマが安心して暮らせる「奥山」に「ヒグマ生息地=ヒグマ共生林」を確保し、人の立 ち入りを制限するなど人とヒグマの生活圏の境界を明確にする。

○ 緩衝地帯や排除地域を整備し、ヒグマが人里に近づきにくい環境を構築。

② 人間側の土地利用の見直し(誘引物の排除)

○ ゴミ、生ゴミ、放置果樹、農作物などの「誘引物」を徹底的に管理・除去。

○ 餌資源の配置がヒグマの行動を変えるため、環境設計が重要。

③ 地域社会の”許容力”の向上と教育の強化

○ ヒグマの生態や行動を理解し、過剰な恐怖や誤解を減らす。

○ 学校教育や地域講座を通じて、共存への意識を育てる。

④ 科学的なデータに基づく順応的管理

○ モニタリング(DNA分析、カメラトラップなど)を通じて個体群の動向を把握。

○ 状況に応じて柔軟に対策を調整する「順応的管理」が不可欠。

⑤ 行政・研究者・住民・ハンターの連携強化

○ 各主体が情報を共有し、広報、施設整備、技術開発、安全な誘導、駆除など役割分担を明 確にすることで、迅速かつ効果的な対応が可能に。

○ 特に若手ハンターの育成や地域住民との信頼関係の構築が鍵である。

2 私案「ヒグマ基本計画」の特異点

札幌市のヒグマ基本計画(2023)

1)札幌市の「ヒグマ基本計画」との対比

2023年5月、市民の安全・安心を確保するために「さっぽろヒグマ基本計画2023」を策定した。

・市民の安心・安全を確保した上で、人とヒグマの共生を目指す。

・共生を目指すため、人とヒグマの「すみ分け」を図る。

・ヒグマの被害を減らすため、侵入抑制策や出没対応などを強化する。

としている。これはもっともではあるが、問題がある。

ヒグマが悪いと決めつけるのでなく、人はもっと謙虚にならねば、ヒグマとの軋轢の軽減は難しく、市民の安心、安全を確保出来ない。それには、人と同様に、ヒグマを生態系の貴重な一員と認識し、ヒグマの存在を認める必要がある。人里に現れるヒグマを、人や家畜に危害を加える害獣、凶暴な猛獣とみなし、抑制策として悪者を排除するようにヒグマを捕獲・駆除するのを止める。さもなければ、永遠にヒグマとの軋轢は解消されず、ヒグマは絶滅し、人だけが生き残る可能性が大きい。

ゾーニング管理の解説(札幌市広報)

次に、共生を目指すため、「すみ分け」を図るとして、「人は街で、ヒグマは森で」をキャッチ・フレーズにしている。これは、人里から離れた奥地の森をヒグマ生息域「森林ゾーン」として区画し、そこにヒグマを押し込めようとしている。しかし、このヒグマの棲む森を、ドングリやクルミなどの実り豊な森に改造しなければ、凶作の年には餌を求めてヒグマの人里への出没は解消せず、市民の安心・安全は確保できないと考える。

2)私案「ヒグマ基本計画」の特異点

ヒグマとの軋轢を解消するには、人はもっと謙虚でなければいけない。開発という名の下に自然の改変、自然破壊を行っている。それ故、ヒグマは世界中で生息域が狭められ、絶滅の危機に瀕している。ヒグマとヒトの様々な軋轢を解消するには、先ず、ヒグマの性質を正しく理解し、得体の知れない「ヒグマ­=害獣・モンスター」観から、ヒグマを北海道の野生動物に返してやらなければならない。その上で、正しい知識、認識から合理的な対応を採り入れる。これが、ヒグマとの事故・軋轢を防ぎ、共生の第1歩となる、と岩井基樹氏は説く。

米国イエローストーン公園の生態ピラミッド。ヒグマとオオカミが君臨している。サダト 生態学の教科書より引用。

具体的には、「ヒグマを森林生態系の貴重な一員と認識し、ヒグマの生息する森林を実り豊かな森に転換し、餌を求めてヒグマが人里に近づかない」ように管理する。これがゾーニングの目的であるが、これが容易ではない。あるべき「共生の森」の姿、即ち、札幌市の描くゾーニング構想「人は街で、ヒグマは森で」において、ヒグマのすむ奥山の「森林ゾーン」、ここに(ヒグマを押し込んで物事が終わるのでなく)冬期間に人手を加え、実り豊かな共生の森に変身させる。これが、ゾーニング構想を確実にする「森林ゾーン=共生の森」の創生である。これがまさに、林業技術者の役割であると考える。

3 ヒグマとの共存を確かなものに

これまで、研究者、行政、ハンター等の知見を結集し、各種「ヒグマ管理計画」の策定や「ヒグマ対策」が著書等に公表されてきた。しかし、ヒグマの捕獲数は増えたのに農業被害は一向に減少しない。また、市街地や人里へのヒグマ出没は増加し、人身事故は解消せず、人々の不安は高まるばかりである。

従来の最大公約数的な「ヒグマ一般の対策」でなく、ヒグマの高い知能など「ヒグマの特性」を活かした柔軟かつ個別的な対策が必要である。既存文献から得られたアイデアを紹介し、本稿を閉じる。

1) ヒグマの高い知能を認識する

ヒグマの知能は、犬とヒトとの中間位であるという。生態系ピラミッドに見るように、ヒグマとオオカミは共に最上部に位置し、競い合って進化したので、その様になったのだろう。

こんな事例がある。冬眠後穴から出た熊は何も食べないのに、木登りしたり、雪の斜面の高い所に登って尻滑りをして遊ぶ。子連れなら子どもを連れて穴から出て、雪山の所々に滑り台を作ったり階段を作り、登っては滑り降りて遊んでいる、という。

札幌丸山動物園のヒグマ。

また、酪農家の牧場にある牧草のロールは、1つ数トンを超え、人力では動かすことも出来ない巨大なロールだ。しかし、穫り入れ時期になると、夜間にどこからかヒグマがやってきて、そのロールを牧草畑で転がして遊ぶという。そして、翌年も、同じ時期に再び現れて、ロールを転がして遊ぶという。周囲に何も被害を及ぼさないで。ハンターは、このクマを「牧草ロール」と呼び、研究している。

このように、人に個性や好みがあるように、ヒグマにも人格ならぬクマ格があるという。それ故、裏山に棲み、昨日、畑に来たヒグマはAであり、性格はおとなしく、ただ遊びに来ただけだ。遊んだら帰ってもらえばよい。だが、今畑にいるヒグマBは、凶暴で飢えて牛を狙っている。だからBには、犬をけしかけるか大きな音で脅して追い返す。さもないと、市町村に連絡して駆除(射殺)する。それも早急に判断する。この様に、個体別データに基づいた臨機応変な対応が望まれる。

2) ヒグマの存在、生態を認識する

アイヌ民族の最後の狩人と呼ばれた在りし日の姉崎氏

里山や市街地にヒグマが出没する。その中のある個体が突然人に襲いかかり、人の命を奪う事件が発生したとする。これが、どのように市民に伝えられるか?常に、しかも即座に正しい情報の発信は、極めて難しいと考える。いたずらに、ヒグマ猛獣論やヒグマモンスター論を広げ、市民に不安を煽っていないだろうか。

単独で40頭、集団で60頭以上ものヒグマを捕り、狩りの全てを熊から教わったという、姉崎等氏による「知られざるヒグマの実態」は次の通り。

○ヒグマは、人を襲い、食い殺そうとしている獰猛な動物ではなく、臆病で、人を怖れ、常に人との遭遇を避けている知能が高い動物である。 一方、人間は、山中でナラの大木を切り倒し、道路を作り、車に乗り、鹿や熊を銃で打ち倒す非常に恐ろしい動物である。

○何らか偶然により、人が恐ろしい対象でなく、むしろ、弱く、抵抗も無く容易に倒せ、しかもその肉が旨いとなると、ヒグマは、逆に人は安全な食べ物であると学習することになる。

これを学習した個体は、次々と人を襲う極めて危険な猛獣「人食い熊」と化す。しかし、これは、親離れ後の4~5歳の若い個体に限定された、1万頭に1頭程度と極めて稀な現象である。

○「人食い熊」は、人を襲おうとして人に向かってくるので、ハンターは容易に駆除できる。しかし、牛や馬などを襲う熊は、相当腕の良いハンターでも駆除できない。なぜなら、熊は知能が高く、人の考えることの裏を読むことができるからである。

〇 大きなヒグマは安心である。何故なら、大きくなるまで人との接触はなく、山奥でひっそりと暮らす平和主義者であるから。

○ 森林技術者等が調査のため森林に分け入ると、いち早くヒグマはそれを察知して、姿を隠し人々を監視し、急な遭遇を避け、お互いの危険な接触を避けているという。

3) ヒグマに豊かな生息環境を!!

自然の恵み「ヒグマの餌」と発達したヒグマの「臼歯」

ナラ類にはドングリがなる。これはヒグマの冬ごもりの主な食料である。ドングリが豊作の年は、林床にはドングリを敷き詰めたように落ちている。これをクマ、シカ、ネズミ等多くの哺乳類が食する。しかし、林種転換された針葉樹人工林には、堅果類はなく、林床は暗く草も生えずこれら哺乳類にとっては不毛の地といえる。これが、堅果類の不作の年にヒグマやエゾシカが、里山から市街地に出没する大きな原因である。

これは拡大造林の負の遺産であり、当時、十分検討されていなかった課題である。この対策であるが、人手でを加えて、ナラ類の育成・保護に勤める。コクワやヤマブドウなど蔓茎類の保存にも努め、野生動物にとって棲みやすい実り豊かな森に誘導する。しかし、現状ではナラの苗木植栽は、エゾシカの食害により成林は、極めて困難である。そこで筆者の提案する「オオカミの導入」をエゾシカ・ヒグマの両対策として取り入れる。現在、広大な面積の人力による林相改良は極めて困難であるが、オオカミの力を借りて、天然更新が確保出来るなら「一石2鳥」ならぬ「一石多鳥」である。いずれにしても、森林生態系の健全化は喫緊の課題である。

以上です。ではまた!