ヒグマ考(5)

札幌中心部へのヒグマ参道 高速道路付近まで伏籠川支流として水路多数敷設。

3 ヒグマとどう対応するか。

1)問題の根本要因はなにか

人里や市街地に「頻繁に出没するヒグマ」という社会問題は、表-11,12の要因が複雑に絡んで生じている。だが、その根本は、人間を含む「生態系の変化」、特に「動物間の関係変化」にあると考える。

人を含めた動物間の関係変化は、明治中期のオオカミの絶滅、昭和期のミンクやキツネ、アライグマなど外来生物の導入、人間の側の「農山村地域の過疎化」「離農」「狩猟圧の減少」等が複雑に絡み合って、近年のエゾシカの爆発的な増加を生み、これによる各種農林業被害が拡大し、ヒグマ、エゾシカなどの市街地への侵入など「アーバン・アニマル化」が生じ、最悪の事態がヒグマによる人身事故であると考える。それ故、ヒグマ生息地の森林生態系の保全はもとより、農山村の過疎化、高齢化など一般的な社会問題を含めた農山村の生態系の健全化が求められよう。

2)生態系は今どのような状況にあるのか

我が国のタカを頂点とする「食物網」の例

現在の生態系は、人の干渉によって大きく機能が損なわれている。先述のオオカミの欠如、ヒグマの生息数の増大、エゾシカの異常な増殖、アライグマなど外来種の増加、それに伴う在来野鳥の減少、カエルや爬虫類の多くの種の絶滅危惧等破綻を示す事例は多い。

加えて、人間の撹乱による地球温暖化である。これに起因する在来生物の絶滅や外来生物の異常繁殖などの全貌は不明であるが、その影響は大きく、症状はかなり重篤であると想定される。また、里山は、永年ヒトと動物の棲み分けの緩衝地帯であったが、人間社会側の変化で多くは放置され、植生が変化し樹林地に移行し、野生動物の生息地域と化している。

一方、ヒグマの世界的な生息密度は、北海道の十分の一以下である。これは、北海道が豊かな物質生産力を持つことに加え、例外的に低い狩猟圧にあることによる。

我が国、特に北海道には、残された豊かな自然生態系があり、これにオオカミの再導入など健全な生態系を構築していく素地があり、この達成に北海道の豊かな未来を確信する。

4 計画の策定

計画の目標は、ヒグマとの共存共栄を図ることである。

ヒグマと共存共栄を図るには、生態系の回復や農山村の過疎化対策のような「長期的な対応」とアーバン・ベァ化のように、市街地に一時的に出没するヒグマを削減する「短期的な対応」が必要と言える。

1)計画と期間

① 長期的対応(基本計画の策定)

「オオカミ導入」で見たように、先ずは、北海道、関連市町村によるヒグマの「個体数の正確な把握」が必要である。次いで科学的データに基づいた「個体数管理計画の策定」である。これにより、人身事故ゼロ、農業被害の軽減、ヒグマを従来の生息域(山林地帯)に囲い込むゾーニング管理など具体的な施策、目標を示した「ヒグマ基本計画」を策定し、10~20年の期間を掛けて目標を達成する。

② 短期的対応(実施計画の策定)

ヒグマにより年々増大する農業被害の軽減、予期せぬ遭遇や人身事故の未然防止等が求められる。それには次の3つが重要である。

①ゾーニングのための区域設定と必要な電気牧柵の設置

②狩猟圧増強のためのハンター養成・確保

③ヒグマとの遭遇回避のための教育、啓発 が必要である。

この実現には、予算、ハンターの知見、研究者・行政・教育機関の連携が不可欠である。

2)基本計画と実施計画

間野氏によると、ヒグマ問題は、「現代社会のクルマ問題」と同じ手法が求められる。交通安全教育、安全パトロール、信号やガードレール設置など安全な走行と道路の確保、法律、罰則など「基本計画」に基づいた「実施計画の策定」と「具体的な事業の実施(予算、行程の明記)」である。

3)実施計画(5~10年)

西村武重、姉崎等氏は古今希な優れた狩人であった。特に姉崎氏は「アイヌの最後の狩人」といわれる。氏をはじめ多くの狩人の知恵を活用した、私なりの共存共栄策の重点施策を箇条書きする。

① ヒグマの行動パターンを活用した予防策

季節毎の移動や食料確保の方法を知り、ヒグマが人里に現れ易い時期には警戒を強化する。

② 匂いの管理によるヒグマの誘引防止策

ヒグマは臭覚が鋭いため、生ゴミや食料(放置農作物を含む)の管理を徹底し、ヒグマを人間の生活圏に引き寄せないようにする。

③ ヒグマの警戒心を活かした接触回避策

人間の存在を察知すると逃げることが多いので、登山や山仕事中には鈴を鳴らすなど音を出す。

④ 足跡や痕跡の分析による遭遇リスクの低減策

ヒグマの足跡や糞を観察し、その個体の移動ルートを知ることで、遭遇を未然に防止。

⑤ 食性の知見を活かした生息地管理策

食料が不足すると人里に出没し易くなるので、ドングリのなる木(ナラ類)を増やすなど豊かな森林生態系を維持し、ヒグマの食料を確保する。

⑥ 攻撃の兆候を見極めた安全対策

耳を伏せる、唸るなどの行動を理解し、遭遇時の適切な対応を察知する。

⑦ 共存のための地域教育策

ヒグマの縄張りや生態を学び、地域住民や観光客を普及啓発し、不要な衝突を避ける。

⑧ 狩猟の倫理を活かした保護活動策

アイヌの伝統、近代科学に学び、「邪魔物駆除でなく貴重な生態系の一員」としてヒグマを管理する。

4)実施計画を支援する施策

家庭菜園での電気牧柵の設置状況(札幌市広報より)

①電気柵の設置(業者、市町村、道)

ゾーニング管理を採用し、農地、家畜を守るため電気柵を適切に設置・管理・運用する

②誘引物の管理(農家、協同組合、市町村)

収穫後の作物残渣を適切に処理する。

③生息域のモニタリング(市町村、道、研究機関 長期計画の1部)

ヒグマの行動を管理できる仕組みを構築し、出没し易い地域、時期に警戒を強化。

④地域住民への啓発(市町村、道)

ヒグマと適切な処理を図るための教育・普及を実施

⑤狩猟圧を一定に保つ(市町村、道、国)

ハンターを確保し、ヒグマの生態、自然界の仕組み、行動のパターン(高い知能、学習能力)特性などを理解させ、ヒグマを「国民の貴重な共有財産」として認識し、ヒグマの個体数管理を励行する。

5)アーバン・ベァの実施計画

アーバンベァー対策としては、「基本計画の一環」に位置づけ、実施計画を策定する。

市街地のゴミ出しを適切に管理し、ヒグマを誘引しないようにする。

②ゾーニング管理(市町村、道)

ヒグマの生息域と人間の生活圏を明確に分ける施策を導入する。

③出没情報の共有(市町村)

市民にリアルタイムでヒグマの出没情報を提供し、警戒を促す。

④迅速な対応(市町村、道)

ヒグマ出没時に、避難誘導や交通整理を行い、安全が確保できるシステムを構築する。

⑤ 町内会や老人会など市民組織を活用する(地域住民、自治体)

地域には、日常の活動を通じて地域実情を周知し、しかも、時間的余裕のある町内会、老人会等がある。これらの組織に、防災対策の一環として「ヒグマ対策」の一翼を担ってもらう。

ヒグマは広範囲に行動するので、隣接数市町村の連携した地域計画の策定・実施が不可欠である。

「ヒグマとどう対応するか」についての一般論は以上である。

5 知能の高いヒグマとどう向き合うか

ヒグマ対策は、これまで、道、札幌市、各市町村が独自に策定し、パンフレット等で周知し、予期せぬ遭遇による危険防止を図っている。

しかし、毎日のように、どこかでヒグマが出没し、それにどう対応したら良いのか解らず、道民(札幌市民)は戦々恐々としているのが現実である。また、ヒグマの捕獲数は増えても、農業被害に減少傾向が見えず、人身事故もゼロとならない。これにはどう対応すべきだろうか?

この問題に対して、現代のヒグマハンター 岩井基樹氏の重要な視点がある。

1)ヒグマの知能にフィットした臨機応変な対応

岩井氏によると、ヒグマの知能は、犬とヒトとの中間位だという。私は、血統書付のアイヌ犬を15年程飼ったことがあるが、残念なことに、その犬の知能がどの位かは解らない。しかし、プロハンターがヒグマ狩りに同行する大切な仲間についての知見故間違いは無い。先述のサダヴァの生態系ピラミッドにおいて、ヒグマとオオカミは最上部に位置し、共に競い合って現在があるのは、共進化によるものであろう。

一例としてこんな話がある。酪農家の牧場にある牧草のロールは、1つ数トンを超え、その搬入には、リフトで積み込み、車で運搬している。とても人力では動かすことも出来ない巨大なロールだ。しかし、穫り入れ時期になると、夜間にどこからかヒグマがやってきて、牧草畑でそのロールを転がして遊ぶという。そして、翌年もまた、同じ時期に再び現れて、夜にロールを転がして遊ぶという。周囲に何も被害を及ぼさないで・・・。

それで岩井氏は、このヒグマを「牧草ロール」と呼んでいる。

これとは別に、先述のように、私達が森林調査のため森林に分け入ると、いち早くヒグマはそれを察知して、姿を隠し我々を監視し、お互いの危険な接触を避けているという。

これらの事から、ヒグマとの対応仕方の違った面(方法)が見えてくる。

ヒグマに関して、刊行されている多くの図書。

2)ヒグマA、ヒグマBに区別して対応

一概には、ヒグマとはこういう動物であるとは言えない。私達ヒトには個性や好みがあるように、ヒグマにも人格ならぬクマ格があるという。だから、ヒグマは○○というのでなく、ヒグマAは、○○。ヒグマBは、△△ 。それ故、裏山に棲み、昨日、畑に来たヒグマはCであり、性格はおとなしく、ただ遊びに来ただけである。だから、そっと見守り、遊んだら帰ってもらう。だが、今畑にいるヒグマDは、凶暴で飢えて牛を狙っている。それが解っているなら、裏山から牧場への入り口付近に、事前に電気牧柵を設置しておくこと。また、犬を飼って、クマの近づくのを防止する。それでも侵入したならば、クマスプレーで撃退、犬をけしかけ、ドラム缶やスコップを叩いて大きな音で脅して追い返す。市町村に連絡して駆除(射殺)してもらう。それも早急に判断して実行する。この様に、出没するヒグマに対しは、それぞれ異なった対応が求められる。また、人側も市町村、ヒグマ専門家、ハンター等が連携した管理体制の構築が必要になる。そのため、ヒグマについての正確な知識、個体情報などを日頃から蒐集し、市民に周知する必要がある。また、市民も、森林に入る際の心構えとして、ここはヒグマの生息地であること、自分の存在を知らす物音、(人里へ誘引の)ゴミ捨ての禁止、ヒグマに人慣れさせる行動の慎みなど、取り決めたルールの徹底が必要となる。すなわち、ヒグマの知能に応じた臨機応変の対応が求められる。

3)危険度の高い春グマ駆除

北海道は、1990年以来禁止されていた「春グマ駆除」を解禁し、2024年12月これまでのヒグマ基本計画を改定した。被害の比較的少なかった2014年の生息数を基準値(100)とし、2022年末指数116を適正な範囲内に捕捉する管理計画を策定した。

具体的には、全道の生息数12,200頭を10年間で4,200頭減らして、8,000頭にしようとしている。生息頭数を減らし、モニタリングしながら目標に近づける。途中に不具合があったら改訂する。これには何ら異論はない。しかし、具体的には、年々、どの位の数を、どのように捕獲(削減)していくか。

犬飼先生の論法で試算すると、平均で年間4,000頭前後の捕獲が必要となる。これは畑や街に出てきたクマでなく、ヒグマのホームグランド奥山の森林内での少人数での捕獲である。しかも、年最多の駆除数の約2-3倍、これ程の数を事故無く達成できるのだろうか。また、手負いクマを放置することなく適切に実施し、その上、モニタリング管理も可能なのだろうか。疑問や不安は多い。依頼される市町村も人材不足のうえ前例がなく、未熟なハンターには極めて危険で、また勇気のいる大事業である。奥山の自然の中に生息する親子グマをいくら殺しても、人里や市街地にはヒグマは現れる。先ず、人慣れするヒグマを少なくし、次に人に危害を加えるヒグマを少なくし、最悪の場合には殺害もある。数を頼みに闇雲に殺害を続けると、ヒグマは撲滅されかねない。文明国らしく、理路整然とヒグマとの共存共栄を図る。無時、この目標の達成されることを祈りつつ筆を置く。

追伸

(OSO18について)

最近話題になったヒグマに、”OSO18”という怪物ヒグマがいる。OSO18というコードネームは、被害発見地が標茶町オソツベツで、足跡の幅が18cmという、巨大ヒグマの意味である。以下このヒグマをオソという。

オソは、北海道東部の標茶町、厚岸町で2019以降に牛66頭を襲い、2023.7.30に釧路町で駆除された9歳330kgの雄のヒグマである。

なぜ、牛を70頭近くも襲い、酪農家に甚大な被害と不安とを与えたのか?

それは、オソがエゾシカ猟の不法投棄の肉で育ったからだという。道東の森の中には、いくつかのエゾシカの死骸の不法投棄場所が有り、ここはオソにとっては将にレストランであった。山菜やドングリなど木の実を採るよりも容易に肉を食べられるため、何時しかオソは肉以外を口にしなくなったと、「OSO18を追え」の著者であり、南知床・ヒグマ情報センター理事長の藤本靖氏は記している。

オソは5歳になったある日、偶然だろうか、牧場で牛の死骸を見つけ牛の肉を口にする。エゾシカよりも遙かに美味であり、草木類に果実が見つけにくい夏、牧場に行けば、シカよりも牛の方が容易に餌となし得る。しかし、食害を繰り返す内に、人間側の警戒も強まり、ついには、追跡の手が近くに伸びてきた。しかも、オソの狩場に巨大クマが集まるようになり、オソは追い出され、向かった先はエゾシカの不法投棄場所でかってのレストランであった。しかし、そこに行く途中、不法の括りワナに左前足をとられ、ワナごと引き倒したが途中で歩けなくなり、ある牧場ですくんでいるところをハンターに駆除される。

この事から、怪物といわれるほどの”ずる賢い”、人間の裏をかくほどの知能を持った”肉食ヒグマ”が、人の知らないところで次々と作り出されている事実が明らかになった。

明治中期のオオカミ駆除→100年後のエゾシカの爆発的増大→ハンターの半矢獲物の追跡放棄や残渣の不法投棄→ヒグマの肉食化→人に慣れ、平気で牛を襲う。

人間側の身勝手、不知の因果関係、ハンターの意図的な不法投棄 、これらがからみあって、怪物ヒグマを作り出してきた。これは、今後も続くと藤本氏は警報を鳴らしている。

以上です。

ではまた!!

参考図書 『熊のことは、熊に訊け。』岩井基樹 つり人社 2010

『 OSO18を追え』藤本靖 文藝春秋 2024.7