庭のエゾアジサイが、群青の花々を咲かせている7月下旬、一通のメールが届いた。
「8校で校了としました」。これでやっと肩の荷が下りた。 というのは、大雪に見舞われたこの冬の2月13日、突然、国民森林会議の編集部から「国民と森林」への寄稿依頼のメールが届いた。
これには驚いた。「国民と森林」という出版物自体が初耳であった。その文面は、国民森林会議は本年でちょうど設立40周年を迎えたところです。そこで玉稿掲載予定の「国民と森林」150号では、技術と現場、理論と実践などについて、過去・現在・未来という長期的パースペクティヴで考えてみることにいたしました。「歴史を識り、歴史を創る(今後に活かす)」ことの意味を実感できるような特集にしたいと思います。
青柳様には、長い年月をかけて得られた貴重な知見を、今後さらに広く活かすための道筋について、率直なお話をお伺いしたいと存じます。たとえば以下のような内容ではいかがでしょうか。一例としてあげてみました。
「天然林択伐施業の普及に向けた課題と今後の展望」
―― 置戸照査法試験林50年の現場から得た成果をどう活かすか。
たとえば
・置戸試験林の概要と成果。持続可能な普遍的森林管理技術としての評価。
・天然林択伐施業の、より広い普及に向けた課題と展望。
・択伐施業技術を森林経営の観点から考える。 (中略)など。
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その主旨は、国民森林会議の設立40周年を迎えるに当たり150号では、「歴史を識り、歴史を創る」を実感できる特集を組みたいとのこと。そして、私に与えられた仮のテーマは、「天然林択伐施業の普及に向けて課題と今後の展望」であった。
これは、さらに私を驚かせた。この課題こそ、私が永年追い求めてきたものである。咄嗟に、これは、昨年、森林技術賞を頂いたことが漏れ伝わってのことであろう、と直感した。
早速、最近の印刷物を数部を送って頂き、それを見た上でご返事する、と伝えた。そして、
2/15、ずしりと重い「レターパック」が届き、最近発刊の149号他数誌が送られてきた。
そして知ったことは、「国民森林会議」の現会長は、大学の1年先輩の藤森氏であること。藤森氏は、学生時代にはスキーの指導等でお世話になり、卒業後は、各種林業技術ライセンス取得の際の試験官でもあった。
編集部とは、メールや電話で数回やりとりし、光栄のことにて「御引受したい」と返事した。締め切りは4月10日であった。
各会誌には、林業再生の様々な提案がなされている。難解であるが、グローバル化が進展した現在、起死回生の妙案も示せず、かつて’60年代前後の林業再現を望むのは、アナクロニズムにも思えた。あたかも、国内の農山村の旧家が、都市に跡継ぎを奪われ、ついには生業をも失い、無常にも“滅びるべくして滅びていった”ように・・・
暫く考え、仮テーマに沿って、自分の北海道庁での在職35年年間の林務行政(主に森林計画、育林業務)を通じて考えたことを中心に、その時々の考察や報告などを参考にして纏めることとした。課題としては次のように考えた。
高度な多機能を持つ択伐天然林施業を知ろう! もっと広めよう!!
***置戸照査法試験林の成果から***
私の関心は、「森林計画」とその実行結果である「現実の森林」とのギャップである。具体的には、次の3点にある。
1.トドマツ、カラマツなどの植栽計画達成の数値(実行率)でなく、造成された 森林の姿、成林状況。
2.択伐天然林施業の選木状況と跡地の林況。
3.各種試験林や試験地の成果による、1.2に対する「方向付け」など効果。
これらを柱に、過去の諸資料を検討することとした。
1 樹種特性
1)カラマツ:カラマツは本州からの移入樹種で、その名の通り落葉松で、毎年秋には葉を落とす進化の進んだ珍しい針葉樹である。生長は早いが、毎春に新葉をつけるため、特に生育期の葉の毛虫などの虫害、ノネズミなどの冬期間(積雪下)の幹の食害が危惧される。また、若い頃の(未熟)材の変形、狂いの大きいのが欠点である。しかし、浅い土壌でも、生長が早く、寒さや乾燥に強く、幼苗が1~2年と短く、成熟材は強度が強く、材に光沢があり、工芸用にも使われる優れた材である。総じて、風衝地などに多発する「カラマツ先がれ病」は、致命的な疫病である。
2)トドマツ :トドマツは本道の郷土樹種である。耐陰性に富むが、生長が遅く、寒風や霜の害、キクイムシなど幹の虫害に弱い。「トドマツ枝がれ病」は、雪害+病害の複合被害で、本道多雪地帯の最大の疫病である。
- トドマツ枝枯れ病の状況。
- 最大積雪深と枝枯れ病の発生状況図。
2 択伐天然林
北海道の天然林は、地質時代に氷河に覆われたことが無く、世界的に見ても樹種が豊富で、特に通直、完満な大径広葉樹は材質に優れ、しかも、未だにこの様な天然広葉樹林が多く残っている。戦前には、広葉樹が輸出材(家具、造船、造作材)として、特に欧米にはナラがインチ材として輸出された。しかし、その価値を知らず、多くが安く輸出され、資源の枯渇がみられた。広葉樹は、凡そ200年を経なければ木目の美しい良材が得られず、特に戦後は、パルプ材の産地「樺太」を失ったため、道産広葉樹がパルプの代材として目をつけられ、拡大造林の推進とあいまって、広葉樹林の皆伐、林種転換が進み、跡地に先述のカラマツ、トドマツが植えられた。現在では、通直、完満で大径な良材の見られる広葉樹林を道内の山中で見ることは殆ど出来ない。しかし、最近は天然林の伐採が減少、又は抑制したので若干戻りつつある。 広葉樹の樹種は、シナ、ナラ、セン、ハン、ヤチダモ、カバ、イタヤ、オヒョウ、カツラ、アサダ・・・とザッと数えても十指を越える。
これらは全て、「育成天然林施業」のみが育成可能な作業種であり、樹種である。そして、この選木技術には、持続(保続)可能な視点が不可欠である。
これらを念頭に置き、今回の課題に沿うよう取り纏めを行った。それから忙しくなった。悪戦苦闘の3/10、期限を待たず「荒削りな原稿」を提出した。その後,編集部から初稿ゲラが届き、それを精読し、大幅に追加・訂正し返送、その2校ゲラが3/23に届き、7/19には図表もレイアウトされた「版下原稿」が送られてきた。
- 置戸照査法試験林の遠望 設定昭和30年 面積約80ha
- 天然林施業のメッカ、照査法試験林の林内。8年ごとに調査、伐採、更新が行われる。既に7回完了。
この間長かったが、色々と関連図書にあたり、特に、近年増加している森林の獣害、シカの食害、それに農山村の過疎化に伴うイノシシ、サル、アライグマなどの農業被害の深刻さである。その対策として、「オオカミの復活」を掲げ、これを書き加えて編集部に送り、第7校が送られてきた。そして迎えた「校了」である。
そして、待ちに待った成果品がダンボール一杯(20部)宅急便で届いた。
8/7 遂に送られてきた「国民と森林」第150号。 はたして妙手は如何に!
この会誌を友人、知人に、そして「別刷り」を旧職場の仲間に送り届けるのに、受手の顔を思い浮かべながら、忙殺されている今日この頃である。
最後に、「国民と森林」の最終ゲラのPDFを掲げます。関心ある方はどうぞご覧ください。
では、また!!
参考にした資料など
1 岡崎文彬 森林経営計画 朝倉書店 昭和30年10月
2 青柳正英 最近の道有林施業 北方林業Vol.37 No.8 1985
3 道有林のトドマツ枝がれ病の現状とその対策 道有林技術情報N0.13 1984.6
4 道有林経営80年誌 最近10年の歩み 北海道 昭和63年3月
5 道有林経営90年誌 最近10年の歩み 北海道 平成9年3月
6 照査法試験林の施業経過と生長予測 北海道 平成11年5月
7 道有林100年の歩み :森林保護・計画調査 北海道造林協会 平成18年7月
8 青柳正英 自然の妙味 人の技 森林技術 2008.3 No.792
9 置戸照査法試験林の成果報告 第Ⅳ報 北海道水産林務部 平成25年2月
10 青柳正英 照査法試験林の64年間 森林技術 2022.5-6 No.983
11 吉家世洋 監修・丸山直樹 日本の森のオオカミの群れを放て 2007.5 星雲社
コメント
お急がしかったのですね
このたびは、「国民と森林」など送付ありがとうございました。
青柳様の長年のご苦労の成果の集大成ですね。
「択伐天然林施業」は、私も学生時代に関心を持ち、北海道に就職したひとつの要因でもありました。
赤井先生の天然更新の調査にアルバイトを兼ねて参加したり、卒論では、「天然林の立体構造の解析」を試みたりしていました。
4年生の秋には、「林分施業法」や「照査法試験地」の見学もさせていただきました。
北海道庁に就職したら、道有林の施業に関する仕事ができればと思っていましたが、民有林行政の仕事の方に行ってしまいました。(それはそれで、途中から意識を変えて取り組んできましたが・・・。)
ですから、「択伐天然林施業」という言葉には、懐かしさと甘酸っぱい思いがわいてきます。
担い手センターの講習で、青柳様に「照査法試験地」の紹介をお願いしたり、「林分施業法」のビデオを見せたりしたことを懐かしく思い出されます。
急に現実に戻りますが、21日のボランティアはご一緒させていただくことになっていますが、よろしくお願いいたします。小生、まだまだ未熟ですので、よろしくご指導お願いいたします。