オオカミを我が山野に放す!!(その1)

1家4頭(パック)で狩りするタイリクオオカミ(平凡社 動物大百科 1 食肉類 )

 日本オオカミ協会会長の丸山直樹[編著]、「オオカミが日本を救う!」を読んだ。久々に心のもやが晴れる想いのする本との出会いであった。実のところ、その主旨に賛同と言うより、永年の心の「ワダカマリ」をいとも簡単に解消し、腑にストンと落ちるものだった。

円山動物園の最後のヨーロッパオオカミ(♀シド)

そこで先ず、オオカミを見に札幌円山動物園に行くことにし確認の電話をした。なぜなら、5月の連休、コロナ禍で「開園」というので家族で出かけたが、あいにくオオカミが檻の外におらず、見逃したからである。返事は、意外であった。数年前オオカミが死んでその後補充がないという。

円山動物園のオオカミは、昭和55年、姉妹都市ミュンヘンからヨーロッパオオカミ(タイリクオオカミ亜種)一番を寄贈され、その後、大阪天王寺動物園からのクロオオカミ(同亜種)一番を加え、繁殖が成功し10頭近くになった。しかし、平成10年クロオオカミが死亡して以降はヨーロッパオオカミ雌1頭となり、この種は世界的希少種で国外からも輸入できず1頭で飼育を続け、これが死亡したという。

私には30年程前、円山動物園でのタイリクオオカミの颯爽とした姿がまだ目に残っている。

1 オオカミとは

オオカミの分布域 アメリカアカオオカミは米国南部に生息、野生種は絶滅?

単独で移動中のタイリクオオカミ(平凡社)

オオカミは、北半球に広く分布し、ヨーロッパとアジアには「タイリクオオカミ(32亜種)」、北米には「アメリカアカオオカミ(野生種は絶滅?)」の2種が生息する。しかし、イギリス、日本では絶滅した。オオカミは、1家族又は数家族が数頭から十数頭の群れを成し狩り(行動)をするという。

オオカミの群れは「パック」と呼ばれ、血縁ある個体より構成され、ある家族の最高位のリーダー(オス)が統率する。オオカミは、1年中安定した「縄張り」を持ち、その広がりは1パック100~1,000km2 にも及ぶという。生後メス2年、オス3年で性成熟し、メス・オス1対は生涯連れ添い、1産平均7子、多くて14子と多産である。肉食獣でイヌ科、自然界では生態系の頂点に君臨する。オオカミは、北方地域では神話や伝説に登場し、何千年もの間、人類と競い合い、家畜を殺してきたが、その多くは誇張されているという。さらに、健康なオオカミが人間を襲ったという具体的な例は殆ど無いという。

アイヌの伝承などをまとめた更科源蔵・光 著 コタン生物記

我が国では、アイヌ文化の研究者更科源蔵氏は、オオカミについて民話、伝承等から

狼のことを釧路地方では「狩りをする神」と呼び、十勝地方では「鹿を獲る神」と呼んでいる。この神様は、鹿を獲って満腹になると人間を呼んで残りの肉をさずけてくれるからである。また、狼が鹿を獲って食べているところに行きあっても、咳払いをすると獲物を置いて人間に鹿を譲ってくれるものであるという。中略 そしてもしこの神様を毒矢で殺したりすると他の神様のように復活することが出来ないから、絶対に毒矢を向けてはいけないと固く戒めている。と記している。

その他にも、人間に役立つ神として数々の例を挙げているが、決して人間に害をあたえる害獣とは記されていない。

2 私のオオカミとの関わり

オオカミは、動物園以外では見たことがない。しかし、近年のオオカミへの関心は、シカ、アライグマを通じての間接的なものである。

(1) シカについて

*北海道での「エゾシカ」との関わり。

エゾマツ植栽木のシカによる食害

 私の職場は北海道林務部で道有林での育林が主な仕事であった。平成10年、旧北見林務署長を拝命し、道東の北見・置戸・訓子府、津別地区等の道有林の森林管理にあたった。当時、津別町では、他の地域に先駆け、シカによる農産物の食害を回避するため、農地を約3mもの高さの金網「シカ柵」で囲っていた。だが、これでは津別町では被害から守れるが、隣接の地域では逆に被害がその分増加し、軍拡競争のように、シカ柵張りが進められていた。森林に閉じこめられたシカは、林内で餌をとっていた。こうした森林での被害は、「ハルニレの皮剥ぎ」や「広葉樹の更新木(若木)」の食害が見られる程度であった。しかし、阿寒湖周辺の前田一歩園での被害は大きく報道されていた。

それから数年後、平成10年代に旧苫小牧林務所署管内で森林調査を行った。驚いたことに林内には「シカ道」が縦横無尽に見られ、トドマツ林の間伐調査も歩道を歩くようにシカ道を辿っていとも簡単に実施できた。

森林の被害は、人工林では、幹が「角(ツノ)研ぎ」により樹皮が剥げ、枯死には至らぬが材への影響(腐朽)は将来大きくなる事が予測された。当時は、天然林を皆伐してのトドマツやカラマツの新植はもとより、再造林も殆ど無く、植栽苗木の食害による被害は、殆ど無かった。問題は天然広葉樹林の成木での食害(樹皮喰い)による枯死と更新稚樹の損傷である。その影響は30年以降には明らかになろう。

* 郷里山梨でのニホンシカ」との関わり

シカに葉を食われ緑の棒状のスギ苗。植えた苗より小さい。(2020 7/4)

生地山梨では、平成20年頃からニホンジカの生息数が多くなり、裏山の櫛形山(2,052m)では、お花畑「アヤメが原」がシカの食害で花が咲かなくなり、一部分を金網で囲い保護していた。 その麓にある中学時代に植えたヒノキ、スギの人工林では、下層植生がチョボチョボ見られたが、それはシカの嫌う、テンナンショウ、タケニグサ、トリカブト、フタリシズカだけであった。

この人工林を複相林化しようと試み、間伐して疎開部分にスキ苗を樹下植栽した。その後の苗木の成長は旺盛で、帰省を楽しみにしていた。しかし、数年後の2020年春には苗木は見る影もなく食い荒らされ、以後2回ほど補植を行ったが、全て元の黙阿弥に帰してしまった。この「空しさ」は言葉に言い表せないほどで、以後、心の故郷、自家森林に近づこうとしない程である。

(2) アライグマについて

一方、第二の職場、森林整備公社では、平成12年より北海道の委嘱により、「アライグマの捕獲事業」を始めた。箱ワナ50個を1セットとしそれを500m 間隔で格子状に展開し、1,000~2,000haを1地域とし、年4~5地域で捕獲を行った。そして10年間で約7,000頭のアライグマを捕獲した。

その結果解ったことは、

① 同一地域で箱ワナによる捕獲を繰り返すと、数年後には100ha当たり0.2頭程度と、殆ど農業被害のない状況にまで減らすことが出来るが、数年放置すると25倍もの100ha当たり5頭前後まで回復してしまい、全道ではこの繰り返しである。

② 北海道全体では、令和2年、年間2.5万頭ものアライグマを捕獲しているが、農業被害は減るどころか7年前の2倍の1.4億円と増大している。さらに、アライグマの農業被害は、ほんのその一角で、本道の豊かな自然界での主に爬虫類や両生類等への摂食被害は、想像を絶する程であろう。

捕獲数と農業被害の推移。近年急増 令和2は2.5万頭捕獲、被害1.4億円

③ アライグマが増える要因は、

・天敵がいないこと、

・アライグマが生態系の頂点に位置すること、

・原産のアメリカに比べて本道の環境がアライグマの生息に適していること。

等があげられ、その結果、1産平均4.1子、最大8子と極めて多産で、その殆どが成長し育つという生育環境により猛烈に増殖している状況にある。

  米国 イエローストーン公園への再導入。

オオカミの遠吠え。コミュニケーショをとっているのだろう。

丸山氏は前著の「あとがき」で、1990年代半ばにイエローストーン公園のあるワイオミング、その隣接のモンタナ、アイダホの3州に跨るロッキー山脈北部の広大な山地に世界で初めてオオカミが再導入され、10数年後には1,600頭以上に増えたと記している。数年前のNHKのTV番組「米国 イエローストーン 躍動する大地と命」で、雪の中、足に怪我した巨大なヘラジカが4頭のオオカミ1家に襲われ、倒された映像を興味深く見た。これは、再導入したオオカミが、すっかり地域に定着し、力を合わせて狩りをする様子である。また、オオカミの生息するミネソタ州や再導入したミシガン州他の中部森林地帯でも4,000頭以上に増えているという。このような成果はTV番組を見るまで知らなかった。また、激しい反対を退けて、オオカミの保護を進めてきた北米の研究者、文化人を含む市民活動についても我国では報道も少なく、多くの国民が知らなかった、とあとがきに記している。

4 結論として

シカの幹囓り、皮剥などの森林被害、特に更新樹(若木)への致命的な損傷は、長期的には森林崩壊のおそれ大。

アライグマの農作物への被害と目に見えない生態系への摂食被害。すなわち、生物多様性の損失による生態系の混乱、そして崩壊。

とどのつまりは、天敵の欠如、生態系の存続に欠かせないのキー・ストーン種の欠如である。

これらは、両者とも、生態系の存続を揺るがす大事件である。これを防ぐには、古来の健全な生態系を維持するため「オオカミを呼び戻す」ことである。

我が国のオオカミは、明治末期、欧米指導の毒殺や銃猟による有害駆除により残念ながら絶滅されが、幸運なことに極東アジアには1.2万年前まで往来していたタイリクオオカミが未だ生存している。

この種を、先ず北海道の山野に再導入し、その成果を見ながら日本全国土の約7割を占める森林に拡大して行く。そして、丸山氏が主張するように、オオカミによって我が国の自然(国土)を守ってもらうのが、最善の策と考える。

追 記

私は動物生態学の専門家でも研究者でもありませんが、森林生態学を学び、子供の頃から森林造成に関わってきました。そして82歳の今も森林造成に関わっています。

この間、森林に加害する多くの動物、昆虫、病菌類等のその多様な妨害に追われてきました。それらの経験から、

オオカミの再度登場は素晴らしい考えであり、是非実現させたいと考えます

この雑文を眼にされた諸賢の、多大なご理解をお願い致します。

では、また!

参考文献

1.オオカミがニホンを救う! 生態系での役割と復活の必要性 2014.1 丸山直樹

白水社

2.動物大百科 1 食肉類 1986.3  D.W.マクドナルド編 平凡社

3.社会生物学 4  食肉類  1984.10  E.O.ウィルソン 思索社

4.コタン生物記Ⅱ 2020.10  更科源蔵・更科光  青土社

コメント

  1. 山根 より:

    日本には日本狼が似合うと思うのですが。
    まあ、世論はどうなるのでしょう。

  2. 本州と北国を行き来する山師 より:

    本日、電話をいただいた者です。

    シカをはじめとする獣害対策として、海外ではオオカミを導入していることに以前から着目しておりました。
    日本で導入するにはなかなか難しいですが、次世代のために少しでも自分自身が役に立てればと日々考えております。

    置戸照査法の先生である方から連絡いただけたことにとても嬉しく思いました。

    今後ともよろしくお願いいたします。