私の森林研究 -置戸照査法試験-

岡崎先生も参加された設定30周年記念に整備された照査法試験林入口

私の生地は、山梨県の南アルプスの麓です。生家は数少ない林業主体の農家で、子供の頃から父についてスギ、ヒノキの苗木を植えました。 大学では森林生態学を学び、S39年に卒業すると北海道に渡り、道有林経営に携わりました。

照査法による森林経理
森林管理の方法には色々あります。例えば50haの山林を持っているとします。スギ苗は、利用可能な木材(直径40cm)に成長するのに50年かかり、毎年1haを伐採し、跡地にスギを植えると仮定します。50年後には再び最初の伐採した個所に戻り、これを繰り返すと毎年、ほぼ同じ量の収入と支出がなされ、安定した経営が出来上がります。
これは、面積を基準にして管理する方法で「面積平分法」といいます。成長は一様でないので、その代わりに材積を基準にした方法「材積平分法」もあります。
その他には、材積の成長量分のみを収穫する、言わば、原資に手を付けず利息のみを利用する「成長量法」もあります。国・公有林、会社有林など大所有では、基本的にこの3つを組み合わせて森林管理を行っています。

これとは全く異なる方法として、帰納法的な森林管理方式があり、その1つが「照査法による森林管理」です。これが今回報告する私の研究のメイン・テーマです。
照査法による森林施業は、「従来の施業の結果をつぶさに解析し、経験に立脚して将来の森林の取り扱いを決める」という極めて実証的な方法であります。

置戸照査法試験林とは

置戸市街地の裏山に広がる照査法試験林。

置戸照査法試験林は、網走地方の置戸町にある道有林内、オホーツク海岸より内陸に約85km、海抜高250~440mの北西向きの緩斜台地上に位置します。

林相は、トドマツ、エゾマツの針葉樹にシナノキ、イタヤカエデ、ミズナラ、ハリギリなどの優良広葉樹が混交する針広混交の複層林で、天然更新は全般的に良好であります。

クロエゾマツ大径木の伐採調査風景

照査法試験の目的は、あらゆる森林の部分が恒続的に最高の生産力を発揮できるような施業法を確立することにあり、その目的は、①できるだけ多くの木材を ②できるだけ少ない資源により ③できるだけ価値ある木材を生産することにあります。

この方式は、フランスのギュルノーが考案し、ビヨレーがスイスに導入することにより世界に広まり、今年2020年は、奇しくもビヨレイーが照査法の著書『森林経理』発刊して丁度100年目に当たります。この記念行事が地元置戸で開催されると聞いております。
我が国での照査法試験は、昭和26(1951)年に京都大学の岡崎文彬先生の指導により、大雪山麓の旭川林務署管内の道有林に設置されましたが、S29の洞爺丸台風で根こそぎ破壊され、翌30年、置戸町(北見林務署管内)の道有林内に移設されました。以来70年、連綿と実証試験が引き継がれてきました。

置戸試験林の状況

置戸試験林は、面積約80haで、これを26の小区画に分け、毎年2~3区,約10haづつ8年回帰(経理期)で伐採が繰り返され、令和元年度に7回目の伐採(第7経理期)が終了しました。
第5経理期までの48年間の試験林の推移を平均値でみると、設定蓄積は331㎥/ha(以下、㎥とする)、伐採量69㎥、年成長率4.1%、年成長量9.7㎥ で第5経理期末には372㎥となっています。しかし、近年、林業技術者の不足、木材価格の低迷等により、林業生産活動は停滞し、続く第6経理期では、伐採量56㎥、伐採後は年成長率3.4%、年成長量10.6㎥で成長し、期末には396㎥となっています。


このように、伐採量が成長量の2/3以下になったため、蓄積は400㎥と極めて高くなる一方で、成長率の減少や枯損の発生が生じています。

上図に、設定時の森林状況を100とした経理期毎の指数の推移を示しました。
伐採量は第5経理期以降増大傾向にあるが、成長量より3割も少なく、しかも枯損量が4倍以上に急増したため、成長量は第4経理期をピークに減少傾向にあります。その結果、蓄積は400㎥に届く程に増大したが、近年は蓄積の増加率も停滞状況にあります。
これは、蓄積が増大し限界に近づくにつれ内部崩壊(枯損)が生じ、その結果、成長が減少する「生物界の成長原則」ロジスチック曲線に沿うものと考えます。一方、何もしないで放置してある対照区では、環境収容力として蓄積 600㎥ が想定され、今後は、現在の数倍もの大量枯損の発生の可能性が予想されます。

置戸試験林の林相(林分構造)の特徴
置戸試験林では、横軸に5cm括約による直径階数、縦軸にha当たり立木本数(対数値)をとると、下図のように直線となり、その相関係数は極めて1に近い値となります。

この直線式は、直径階数をX、本数をYとすると、
log(Y)=-aX+b・・・(1) と表せます。
これより直径階別の本数の算定が可能となります。

1本の直線がある森林の林分構成を表すとなると、2本の直線から直径階毎の伐採数(量)の算定や伐採後の林分構造の想定、更には、選木方法のシミュレートや将来の成長予測が可能となりこれを基に現在、施業試験を続けています。

右図の2本の直線より、下図のように直径階ごとの伐採本数が算出でます。

択伐天然林施業では、「どのくらいの蓄積の時に、どのくらいの量を、どのように伐採したらよいか」は極めて重要な課題であります。             これが照査法の目的の①、②です。

最適蓄積、最大伐採量の算定

照査区毎の伐採後蓄積と期末蓄積の平均値(平均直径)を横軸に、伐採量を縦軸にとり蓄積と伐採量の関係を示すと上図の様になります。

これより、平均蓄積300㎥前後に伐採量の最大値があり、その値は75㎥前後です。

参考: 伐採量比率=伐採量/平均蓄積(%)】

しかし、近年、木材価格の低迷や、経済資源としての木材の価値が低迷し、林業生産活動(木材生産)が衰退しています。それゆえ、木材生産の活発な伐採率が20%以上と高い第Ⅰ~Ⅳ経理期とそれ以下の第Ⅴ~Ⅶ経理期とに区分して最適蓄積、最大伐採量を算定しました。
上図より、後者(最近24年間)は平均蓄積365㎥で最大伐採量54㎥となり、前者(その前64~25年間)の平均蓄積284㎥、伐採量70㎥に比べ、最適蓄積で約80㎥増え、最大伐採量で15㎥減少しています。
第7経理期は、近年になく高い伐採量(69㎥)ですが、未だ伐採量は少なく、目標とすべき伐採量は、成長量の80~90㎥であります。

置戸試験林で得られた成果は、

下の図表に見るように、その値の大きさ、高さ、精度から、この試験林の成果は、超一級の資料といえましょう。

          第6経理期完了時(8年前)の「照査法成果と課題」 上図⇧

次に増大する枯損量についてみます。

枯損の発生状況
急激に枯損の増大した第7経理期について,目的変数に枯損量をとり,説明変数に蓄積,伐採量,期首蓄積の針葉樹比率の3因子をとり,相関を調べたところ, 重相関係数は R=0.769 でした。


枯損量に最も影響があるのは伐採量(-0.694)で,常識どおり伐採量が増えるほど枯損量が減少します。次いで,針葉樹比率(0.280)で,この比率が高くなると枯損量が増加する。意外なのは蓄積で,3因子の中で最も低い影響度である。これらが,今後どのように展開するかは不明です。

ところで,枯損は何処に、どのように発生しているのだろう。最近の3経理期(24年間)について、伐採直後の林分蓄積と同期の枯損量を針葉樹と広葉樹に区分し、直径階を小径木、中径木、大径木に3区分し、枯損がどの区分に発生したかを下図に示しました。

枯損量(上左図)に占める針葉樹の比率は,第Ⅴ経理期の50%から80%へと高まり、その大半が中、小径木で、大径木は5%前後と少ない。特に枯損量の多い第Ⅶ経理期では、針葉樹が8割以上を占め、径級別には中・小径木がほぼ同量で合わせて9割以上に及ぶ。このように第7経理期では枯損の大半が中・小径木の針葉樹であり、植栽木であります。

今 何が起きているのか? どのように対処すべきか?
これまでみてきたように、置戸試験林では、巣植・植え込み等の植栽木が50年生にも達し,部分的に森林群落が環境収容力に近づきつつあります。それに伴い群落内で中・小径木が枯れ始めています。これは8年前の予測を上回る進展であります。

これら諸々の課題の解決策は,従来の知見で十分対応が可能であると考えます。すなわち、あらゆる森林の部分が恒続的に最高の生産力を発揮できるような施業法は,本試験の成果として既に確立されている。これを遮断するには、先の図の右のグラフを左のグラフにシフトさせるなど環境収容力から遠ざけ,群落の健全化を図る必要があります。

具体的には,各照査区の「2本の直線(本数回帰直線と補助線)から直径階毎の伐採本数を割り出し,着葉量等より樹勢を見極め,立木配置に最大の注意を払いながら伐採量=<成長量を目標に伐採本数(量)を確保するまで選木を繰り返し、これを厳守して計画的に伐採する」ことであります。早急な取り組みを祈っています。

最後に,共同して調査研究に携わった加納 博 氏、資料・写真など提供下されたオホーツク振興局東部森林室(旧北見林務署、旧北見道有林管理センター)及び同職場の技術者に心よりお礼申し上げます。

以上です。

   参考文献
H・クヌッヒェル著 岡崎文彬訳(1960) 森林経営の計画と照査.(北海道造林振興協会)
沼田真偏(1962)生態学大系 第1巻植物生態学(1). (古今書院)209-213
北海道林務部 (1996)-設定40年記念-置戸照査法試験林の成果報告( 第Ⅳ報).
(北見道有林管理センター)
北海道水産林務部 (1999) 照査法試験林の施業経過と成長予測 経営試験業務資料No.45
(北見道有林管理センター)
新谷剛・高橋雄太(2005) 照査法試験林の50年(Ⅰ). 日本林学会北海道支部論文集 53:138-139
北海道水産林務部 (2013) 照査法試験林の成果報告 第Ⅴ報 経営試験業務資料No.4945
(オホーツク総合森林局東部森林室)

        関連報告
青柳正英(2001)天然林施業と林分構造,日本林学会北海道支部論文集 49:142-144
青柳正英(2004)置戸照査法試験林に学ぶ.日本林学会北海道支部論文集 52:162
青柳正英(2005)照査法試験林の50年(Ⅱ). 日本林学会北海道支部論文集 53:141-143
青柳正英(2008)自然の妙味、人の技 置戸照査法試験林50年の軌跡,森林技術 No.792
青柳正英・加納博 (2015) 第6経理期を完了した置戸照査法試験林-その成果の検証-
第126回 日本森林学会 報告
青柳正英 (2015) 「この森林の語る理法」森林技術(No.883)

コメント

  1. 山根 より:

    置戸町 オケトクラフトが有名ですね

  2. 功刀真彦 より:

    置戸クラフトとは、
    http://okecraftsa.wpblog.jp/

    • Forest Boy より:

      オケクラフトとは、置戸町で製作している針葉樹を素材とした、木工製品です。エゾ松の白い食器やお盆は、清楚で、すがすがしさを感じさせます。